さて前書きよりやたらと出てくる「ガンディーニ」。知っている方は、この項、以下しばらく読み飛ばして結構ですが(でも、結構ヒマつぶしにはなるよ)、 ご存じない方のために、以下、一節ぶとうと思います。「ガンディーニ」とはイタリアの自動車デザイナー「マルチェロ・ガンディーニ(Marcello Gandini)」の事。 もちろん人名、イタリアのヒトです。この業界では超有名人。天才です、たぶん。
欧米各国には古くから、「コーチビルダー」と呼ばれる車体儀装業者がありまして、これらは「馬車製造」を起源とするものなんですね。まあ、馬車といっても色々ありまして、 西部劇に出てくる幌馬車みたいなものもありますし、シンデレラの「カボチャ(に魔法をかけた)の馬車」なんてのも絵本の口絵でお馴染みですね。で、荷役用の実用馬車なんかも 当然数多くあったわけで・・・あっ、今思い出したけど旧い大作映画に「ベンハー」なんてのが、ありましたね。クライマックスシーンで馬車競争するヤツ。この映画などは「古代ローマ時代」 みたいのが舞台だったと記憶(なにぶん子供の頃見たもんで間違ってたらごめんなさい)しております。というわけでヨーロッパの馬車の歴史はとっても旧そうです。
さあ、そんな中で、時代は下り、馬車から自動車の世界になってまいります。かの有名なヘンリーフォードさんは「T型フォード」を生み出し、全世界に1500万台も供給しました。 しかしながら、コレは「実用車」。王子様に会いに行くシンデレラが乗っていくにはあまりに可哀そうなクルマです。大陸を横断する「大旅行(グランドツーリング)」に使うにも荷が重い。 新しい画期的発明商品が出て、それが量産化されてくる段階になると、それに不満を持つ「ニッチな需要層」が出てくるのは、洋の東西、古今を問いませんね。
で、先程の「コーチビルダー」。これのイタリア版を「カロッツェリア」といいます。某社カーオーディオシリーズの商品名としておなじみ(これの新発売時のコマーシャルにはベルトーネ (後述)ストラトス・ゼロが出てまして、まだ新番組だった頃のカーグラTVの幕間によく流れてました、・・・って余談ばっかし!)ですね。本来のカロッツェリアとは、主に 「シンデレラの馬車」を造っていた人達が(魔法使いのばーさんのことじゃないぞ、念のため)、富裕層のための自動車を造るにあたって、エンジンとシャーシは自動車専業メーカー のものを流用した上で、ボディのデザインと架装・儀装を施し、製品化していく業者の事です。イタリアだけでもピニンファリーナ、ベルトーネ、ツーリング、ミケロッティ、ザガート・・・、 挙げれば古今大小様々なカロッツェリアが存在しました(もちろん現在でも)。
斯くの如きカロッツェリアのデザイン部門には、美術・工業・工芸に秀でた世界屈指の実力をもつデザイナー達が切磋琢磨しながらひしめき合っております。1970年代、こういった実力派 デザイナーが最も輝いていた時期、「マルチェロ・ガンディーニ」は名門ベルトーネ社の「チーフデザイナー」でした。その頃の代表作と云えば、名にし負うランボルギーニカウンタックLP400、 ランチアストラトスHF、我がマセラティカムシン・・・。どうです、これらのクルマ。実性能や実用性は、この際、脇に置いといて(笑)、その圧倒的な存在感・塊(オブジェ)としての 際立った造形美は現在までそれを超える物が無い、天上天下唯我独尊な第一級のデザインと云えましょう。
それに対して、「クルマの実性能や実用性を脇に置いとかない派(笑)」のイタリア代表選手としては、あまりにも高名な「ジョルジェット・ジウジアーロ」の存在も忘れてはなりません。 ジウジアーロは60年代にベルトーネ社のチーフを務め、70年代に入ってからは、自身のデザインスタジオ「イタルデザイン」を開設、早速手がけた、我がマセラティボーラ&メラクでは ミッドエンジン車らしからぬ居住性を与えながらエキゾチックスーパースポーツに不可欠な「押し出し」さえ品格を損なわずに実現。初代VWゴルフでは、フォルクスワーゲン社の当時の悲願 「ビートル(VWタイプ1:カブト虫)の後継車」開発にその天才ぶりを遺憾なく発揮。世界にゴルフ旋風を巻き起こし、西ドイツ(当時)のVW本社は、ようやくカブト虫の製造をやめる ことができました(それまでの後継車候補は、皆商業的には失敗作だったんですから、そりゃーもう、大変な功績ですね)。
話をガンディーニに戻しましょう。時代は下り、ガンディーニのデザイン工房に、マセラティ社から依頼が入ります。お題は「ビトルボ系のブラッシュアップ」。80年代に突入してすぐに デビューした「ビトルボ」。デザインテイストは明らかに70年代後半の「ボクシー(箱型)」なものでした。これらのプラットフォームと基本構造を全部生かしたまま、90年代を全部乗り 切れるものにして欲しいとの、なんともマセラティ社らしい(笑)勝手極まるご注文。ガンディーニが「やって見せましょう!」といったかどうか、とにかくもそのプロジェクトの帰結が 「シャマル」そして「ギブリ(2代目)」はたまた当項の主役「クアトロポルテ(4代目)」なんです。そのシゴトぶりたるや見事と云う他はありません。「シャマル」は「ギブリへの一里塚」 的な色合いが濃く、実験車的な妖しさがなんともソソります。「ギブリ」は、ボディのインナーパネルや足回りなどを、まだ流用していたせいで、そこかしこに「222(ビトルボ系2ドア車)」 の香りが見え隠れこそしておりましたが、どうして、どうして。それは我々「マセラティ漬け(笑)」のヒトたちだけが分かるのであって、素人目には「222とギブリ」、全く別物にしか みえませんね。ブリスターフェンダーの効果的な使用法の、顕著な(そして稀有な)デザイン上の成功例を一気に2例も見せてくれました。さすが天才!
さて、フィアットの傘下にされてから開発されたクアトロポルテは、それ以前の430(ビトルボ系4ドア車)と一切の互換性が絶たれたかの様にうつります。もうこれは、はっきりと、 デ・トマソ時期のものとは切り離されているわけです。ボディの内外板、プラットフォーム、内装の組み方、全部違う。しかし、どのような理由か、マセラティ社はこの段階でクアトロポルテ を大きくはしませんでした。430に較べて幅で8cm、長さで16cmしか拡大してない。ここで発揮されたのが天才ガンディーニの手腕なんです。「パースのマジック」としか我々凡人には 形容のしようがありませんが、とにかく「品の良い押し出し」といったようなものがある。クアトロポルテ、実に小さいんです。全長4.55m×全幅1.81m、ね。ビトルボ系のコンパクト な良さはしっかりと守られました。さりとて、現物を目の前にいたしますと、これが非常に威厳がありつつも、モダンである。バンパーやボディ各部のチリなんか一つも合っていませんが (大笑)、チリが合ってなくても、チットモお安く見えない不思議な造形体なんです。
皆さんは、我が愛車を真横からご覧になったこと、ありますか。実はこのボディを「真横から見る」シチュエーションって、そのクルマの持ち主には、ほとんど無いんです。ガンディーニの クアトロポルテを一度(お願いだから:笑)真横からご覧になってみてください。ウエストラインは、物の見事に超ウエッジシェイプ(くさび型)、イタリア人にはサルーンを選ぶ条件に 「ゴルフバッグが5個入る」なんて項目がないから、トランクはバッサリと裁ち落とされ、その主題の上に乗っかるキャビンは異様に曲率の大きなフロントウインドーに始まり、のびのびと ルーフラインを描き、なだらかにリアエンドに収斂していきます。そして、そのリアホイールアーチに目をやれば、ガンディーニの特許(冗談)、「カウンタックカット」が・・・そう、 あのカウンタックLP400のリアアーチと同じモチーフのアーチカットなんです。それが、全く違和感なくドア中段のプレスラインと溶け込みつつ、そのカットの上辺は、なんと遠く離れた フロントフェンダーと平行線を形成し、とかく曲面構成でハイデッキ(ボディの後ろへいくほどウエストラインが厚みを増す形状)のデザインにはありがちな「鈍重さ」をも、たくみに逃げているのです。 フロントに回れば、コンパクトなV6(若しくはV8)を低ーい位置に搭載したおかげで先端部は適度に薄い造形。マセラティ伝統のモチーフによるセンターグリル枠の両端からV字型にのびのびと 伸びるプレスライン。そして前述のボディ後方に向かって厚みを増すサイドのウエストラインと相まって、斜め前方から俯瞰でみると、本当に大きく威厳タップリのクルマに見えます。しかしながら、 昨今の高級車達によくある「ふんぞりかえった偉そうさ」のような「オラオラ感(笑)」は微塵もなく、お目目はキリッとしつつも若干タレ気味で、あたかもハンサム君が微笑む様。見るヒトに 余計な気苦労をさせず、安心感さえ感じられます。