ガンディーニ・クアトロポルテのエンジンスペックは、水冷90度V型6気筒(8気筒)DOHC4バルブ インタークーラー付ツインターボでしたね。
ここでは、この「90度V型」というエンジンのシリンダーレイアウトに到達するまでの歴史を、自動車とともに発展してきた航空機の歴史を重ねながら概観してみます。初めに書いときますが、 このコーナー「ガンディーニ・クアトロポルテ」、ほとんど出てきません(笑)。ブログ連載時に「一部に好評、大半は大不評」であった部分に加筆したものです。面白いと思うんだけどなあ(泣)。
エンジンレイアウトの基本は云うまでも無く、「単気筒」ですね。「一つのシリンダー」。で、これだと、「ドコドコ」と振動(鼓動)が出るわけです。特に、大排気量化していくと、 シリンダー内で高速往復運動を繰り返すピストンやコネクティングロッドも大型化(よって重くなる)してくるので、摩擦も大きく、慣性も増すので、「ドッコン・ドッコン」とそのパルスはハラをゆするように、 いよいよ大きくなります。すると、高級高速化の歴史の流れで段々とシリンダー数を「増やしたくなる」。で、直列、並列、V型、水平対向型など各種のレイアウトで2気筒になり、 同様に3・4・5・6・8・12・16とエスカレートしてきたわけです。
こういった、いわゆるレシプロエンジン(往復運動を回転運動に転換して何らかを駆動するエンジン)は、航空機や、船の進化とも並行して歩んできています。皆さんご存知のロールスロイス社は、 一般的には「超高級車メーカー」であるわけですが、エンジン技術史的には、むしろ「航空機用エンジン製造メーカー」として捉えられている会社です。今やロールスロイスの親会社たるBMWもそう。 忘れちゃならねえ、ダイムラーベンツも。戦前にはイスパノスイザなんていう、やはり「超高級車」と「航空機エンジン」を主力商品とするメーカーも存在し、日本の三菱重工はこのイスパノ航空機エンジン をライセンス生産していました。フィアットに至っては、現在でも航空機はもとより、石油タンカーだって作ってる、ものスゴイ会社です。ちなみに現在はマセラティも、フェラーリも、 ランチアもアルファロメオも、離合集散の歴史の結果、現在はこのフィアットの傘下企業であります。スウェーデンには「自国防衛を自給自足」でやりますよ、といった国是があるので、 サーブ社は現在でも戦闘機が作れますし、有事の際には国内のすべての高速道路がジェット戦闘機用滑走路に転用できるように設計されてる。
我が国内に目を向けましても、現存する自動車製造メーカー、オートバイ製造メーカーの中には、その出自が「ヒコーキ屋」であるものが、やっぱりある。中でも有名なのは、やはり富士重工(スバル)でしょうか。 戦前戦中を通して最も有名な航空機メーカーの「中島飛行機」これが、スバルのもとです。そもそも、それを設計した三菱重工業よりも、多くの「零式艦上戦闘機(レイ戦が正しいが、一般的にはゼロ戦の呼称でおなじみ。 海軍の戦闘機)」を製造し、陸軍の「隼(はやぶさ)」「疾風(はやて)」など、名機と呼ばれる航空機を生み出した「技術屋ダマシイ」あふれる会社です。
ちなみに、この「疾風」、完成時には、「大東亜決戦機」と銘打たれ、その「超高速性能」に本土防衛を賭けましたが、あいつぐ徴兵に伴う熟練工不足に起因する品質不良、良質な資材の枯渇による量産の遅滞、 あいつぐ負けいくさによる、熟練搭乗員の少なさ、航空燃料枯渇により、松根油を混ぜて水増しした代用燃料の低性能などにより、ほとんど真価を発揮することもなく終わってしまいました。 大戦後、米軍はこの疾風を本国に持ち帰り、その心臓「誉(ほまれ)星型(これもレシプロエンジンのレイアウトの一つ)エンジン」とともに徹底的に分析し、きちんと設計通りに組み直した上で、 100%航空燃料を入れて飛ばしてみたら、「うワ-(Oh!my ガー、かな?)、こりゃ、スゴイわ」な結果が出て、「疾風は、第二次大戦中に出現した自国も含む全世界の戦闘機中、 最良のものであった」と結論づけたと云われています。
でも、それはかなりあとになってわかったコト。見渡す限りの焼け野原の中で、「旧中島」の方々は、その辺にころがるテツ兜に、アルミ、ジュラルミンのクズを使って「取っ手」をつけ、 ナベや釜として製品化、それを鬻(ひさ)ぎながら、糊口をしのいでいたそうです。それが、そのうち飛行機の尾輪を用いて造った「ラビットスクーター」へと結実し、ほぼ試作ながら量産車 「スバルP-1」を経て、かの有名な「スバル360(てんとう虫)」クンに繋がっていくわけです。「スバリスト(スバルフリークのことを古来、自らそう呼びます)」諸兄の中には、 WRCで爆走する「インプレッサ」に、「疾風」の悲しい栄光を投影して声援を送っている方も、おそらくはいらっしゃるコトでしょう。由来や歴史を知ることもまた、自動車趣味のひとつなのです。 「スバル車」に対する見る目が変わりませんか?→後日談:スバルよー、いっくら不景気だからって、「WRC撤退」?、それはねえだろ(泣)。日本の誇りがまた一つ地上から消滅してしまいました。
続いては、ちょっと毛色を替えて「川崎重工」いってみましょう。ここの会社の製品は、民需用耐久消費財としては「オートバイ」や「ジェットスキー」の製造で知られておりますが、 「鉄モノ」製品の世界では、およそ4輪自動車以外のものなら、今現在でも、そりゃもー、なんでも造ってる、途轍もない規模のメーカーなんです。
その発祥は、明治時代。造船業から始まり、製鉄、鉄道車両、航空機、バスボディと「重厚長大産業の歴史」と共に歩んできています。でやっぱり、戦前戦中(もちろん現在でも)を通して 「ヒコーキ野郎部門(笑)」があったわけですが、第二次大戦も後半の頃には、「エンジンレイアウト史」のなかでも、非常に興味深いエンジンを作ってましたので、このあたりを解説いたします。
そのエンジンの名は「ハ40型発動機」。このつまんねーネーミングは、陸軍発注エンジンの特徴で、海軍のロマンティックなネーミング(「栄」「誉」のような)とは、そうとう趣が異なり、 陸軍の無粋さが際立ちます。このエンジンの元設計は、かのダイムラーベンツ。メッサーシュミットBf109シリーズ(ドイツ第3帝国の誇る超有名戦闘機)の搭載エンジンとしてあまりにも 有名な「DB601型エンジン」です。連合国軍のイギリス本土防衛を賭けた勝負、いわゆる、「バトル・オブ・ブリテン」に於ける、並み居るスピットファイア(こちらは、ロールスロイス 「マリーン」エンジン搭載)との死闘は歴史にその名を刻んでいますね。「同盟国ドイツに素晴らしいエンジンがある。」そんな評判を聞いた「帝国陸軍」は、ドイツ側と交渉、 法外なライセンス料を川崎にもたせた上、この「DB601エンジン」を国内で量産せよと下命しました。
基本レイアウトは「液冷倒立V型12気筒」。なぜか航空機エンジンの世界では「液冷」と呼んでるけど、これは自動車の世界でいう「水冷」のコトです。「倒立」というのは、V型の転地をひっくり 返して搭載しているという意味。で、やっと出てきましたよ、「V型」(笑)。しかも「V12」だし。ここで、昨日のおさらい。「V12型エンジンは、その構造上、長大なクランクシャフトが必要」 ということ。もうひとつ、「それを量産するのは極めて難しい」ということ、でしたね。
・・・すでにご想像はついてると思いますが(笑)。